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貧困な家庭環境に生まれ、荒れくれ者の人生を歩む。
1980年代のアメ車ブームに目をつけ渡米。27歳までに、日本への車輸出業で財を成す。

その後、大きなトラブルに巻き込まれ、その後の人生を大きく変えることになる12年8ヶ月という長い投獄生活を余儀なくされる。
そこで待ち受けていたのは、白人・黒人などの人種で区別された「人種社会」。
その中で、日本人として生き残るために、想像を絶する過酷な状況を強いられる。 |
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そんな彼に大きな転機が訪れる。それはメキシコ系アメリカ人の「チカーノ」という人種との出会。”うそ・いつわり”のない彼の真摯な態度・性格が認められ「Homie(仲間)」としてチカーノに迎え入れられる。このようなことは、人種社会を考えれば異例中の異例であった。
日本からの面会もごくわずかな日々。何かのトラブルにあったとき、自分を仲間として手厚く保護してくれる。チカーノの暖かさと団結力に触れた彼は、今までの人生の価値観を捨て、新たな道を歩む決心を固める。

投獄生活中に触れた「家族愛」「仲間意識」。それを自分なりに体現することに目覚める。
それが、精神カウンセリングであった。大嫌いだった勉強をがむしゃらに貫き、服役期間中に精神カウンセラーの資格を取得。
幼少の頃の自分と同じ境遇にある子供たちを中心に、自分の経験を元に、カウンセリングを続けていく決意を固める。

長い投獄生活を終え、ようやく帰国。
そこで見たもの、それはブームだったこともありチカーノ文化が日本へ伝わっていた現実。
しかしそれは本場の事実とは似つかないものであり唖然とする。
同時にニュースなどで頻繁にいじめ・非行・引きこもり・家庭内暴力・虐待・精神病などが取り上げられ、青少年を取り巻く教育環境に大きな疑問を抱く。

ブームの後押しで、いわば依頼を受ける形でスタートしたチカーノウェアーの販売が、気づけば大きな存在となっており、自身でショップ「HOMIE」を設立することとなる。
また精神カウンセラーとしての活動も、草の根運動として開始。
以後
・全国各地の病院に於いて個別カウンセリングを2004年4月より開始。
・児童虐待(性的・暴力的)キャンペーンをテーマに無料相談開始(2005年)
・全国各地の看護協会にて講演活動(2005年3月)
・県内自治会の母親学級(子育て)懇談会に参加(2005年4月より)
などの活動を本格化。
又、相談窓口として専用のホームページ(参考:http://good-family.jp)を開設。
無料でメール相談を受け、必要経費のみでカウンセリングを行っている。
現在ではそのホームページも一日平均約800件、累計で70万のヒット! |
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